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揺れる想いは万華鏡

さめじゃ official blog

少し、昔話をさせてください。

今日の地震で「あぁ、俺もいつ死ぬかわからんなぁ」と感じたので。

 

最近結構思うんですよ、ホント親不孝な息子だなと。

事の始まりは小学2年生の秋です。塾に通いたい、と。言ったらしいんですねぼくが。昔のぼくは肌荒れがひどくて冷暖房ないところでは過ごせたもんじゃなかったのと牛乳がすごく苦手だったので幼稚園・小学校と私立に通わせてもらってました。それに加えて塾なんてしかも今から4年間もって本当に贅沢させてもらってたのを今更気づいてます。しかも結構有名な塾です、関西では名の知れた。けど、10歳いくかいかないかの子どもにそんなこと分かる筈がないですよね、当たり前ですか。さすがに小3・4あたりの記憶はあまりないんですが小5・6あたりまでずっと6クラスあった中の一番上のクラスにいて全体のテストでも成績優秀者とかに載せてもらったりしてました。結論から言うと、ここでぼくの運命は決まってたのかもしれません。この4年間勉強した記憶が殆どありません。強いて言うならば受験問題を解くのが好きだったので自主的に解いたりはしてました。けど、直しをするのが嫌いなのでやりっ放し、やって終わりのものばっかり。まぁこんな感じでも小学校時代は頭良いほうでいたのはラッキーでした。しかし、まぁ殆どの人間の人生は上手いことが続かないもんで中学受験、見事に叩き潰されました。大阪と奈良で屈指の進学校に挑むも惜敗どころか惨敗。焦って近くの偏差値60ないぐらいの学校の最後の試験でなんとか学校が決まりました。塾に通い始めたのが1つ目のターニングポイントだとするならば、ここが2つ目のターニングポイントでした。ぶっちゃけると滑り止めの滑り止めって感じの学校だったので余裕で上位におれると思ってました。そして初めての中間テスト、クラス内順位下から2番目でした。英語・数学は20点ちょっと、古文にいたっては6点を取り当時の教師にテスト返却の際ゴミと言われる始末。次の期末では頑張ろうと意気込んでいざ勉強しようと思っても、今まで勉強したことがないから方法がわからない。今思えば無駄な暗記カードを作ったり、どうでもいいところを覚えたり。結局中2まで成績は最底辺を横這いし、事前の知らせなく下のクラスに落とされました。親は1ヶ月ほど口をきいてくれず悲しみに暮れました。下のクラスは上のクラスとの格差が広くぼくでも平均ぐらいは取ることができて高1の春には上のクラスに戻ることができました。けど、そもそも努力して戻ってきたわけではないので順位はいつも通り最底辺でそれを2年続けて高3になりました。ここからの2年はホント酷かったです。友人と喋るのは好きだったのですが、授業は寝るだけなのでめんどくさくなり勝手に帰ったりしてました。一度当時の担任から呼び出されかなり怒られたんですが、その怒られた次の日も勝手に早退してました。遅刻早退をして近くのゲーセンに入り浸る生活をしてました。その癖に教員を志望して国立の教育大を目指してました。本番のセンター試験も7割くらいとれて受かるかどうか、って所だったんですけど落ちて滑り止めで受けてた私立も全て落ちました。滑り止めれてませんね。笑 それで父親に地方の私立を勧められ調査書を作ってもらうまではしたんですが、直前になって流石に嫌だなってなって浪人することにしました。けど、浪人したところで勉強の習慣の習の字も付いていなかったぼくの成績はグングン落ちて、模試も適当にマークしたりしてマトモに受けなくなりました。さすがにヤバいと思って夏前くらいにちらっと調べるとAOというシステムがあることを知りました。当時は首都圏にある国立大のAOを見つけたのですが、そこは希望と少しズレていて別の近畿の私立大のAOを見つけました。親からは浪人するからには国立と言われていたのですが、AOのことを両親に話すといつもは堅い父親が快く承諾してくれました。結局その私立には合格したのですが、今思うと両親の中で諦めがあったんじゃないかと思います。最低な息子ですね。親の思いとは違う、長続きしないバカ息子です。もし、小2で塾に通わせてもらってなかったら… 想像するだけでも怖いです。今頃親の脛をかじって20歳無職だったかもしれません。たらればの話なんて想像にすぎないんでそこには価値なんてないです。けれど、俺の体験を伝えていくことはできる。今してるアルバイトはそういう仕事です。如何に俺がサボり倒してここまで来たか。サボるとどうなるか、脅しではないですが、笑いながら話をできるようになりました。生徒も凄いですねぇなんて言って笑ってくれます。俺みたいになるなよ。別の先生みたいになれよ、こんな奴がバイトリーダーでごめんな、なんて。そして、両親には本当に迷惑をかけてきました。17年間も私立に通わせてもらってこんな息子ですいません。初めてのバイトの給料で買って帰ったスイーツで凄い嬉しそうにしてくれてありがとう。それの何百、何千倍ものお金を当たり前のように現在進行形で出してくれていることに感謝しかできません。奨学金を借りるといっても「お前が就職するまでは大丈夫」なんて言ってくれてありがとう。親父の凄さがアルバイトをはじめてからやっと分かりました。あと2年か4年で就職できれば、やっと親に迷惑をかけずに済みます。毎年父の日、母の日、誕生日、結婚記念日に欠かさず送ってるプレゼントも少しだけ豪華にできるかもしれません。最後に中1の時に言われた「入学して最初のテストの成績と卒業のときの成績は相関がある」というのがとても身に染みて感じました。なにか、継続して努力してみようと思います。

 

それでは。 2016/10/21