揺れる想いは万華鏡

Swaying heart is Kaleidoscope.

「透明感」に関する見解

どうも、marajです。

 

つい最近ですが、透明感という言葉について議論を交わす機会がありました。持論の押し付けにはなるわけですが、満足いく結果を得ることはできたので、ここで読者のみなさまとこの知見を共有すべく筆を執ることに致しました。

 

上述のとおり、透明感のある子とはどのような子なのでしょうか。ちょっと考えてみていだだきたいと思います。

感覚で理解はしていても、説明となると難しいと思います。抽象的概念の説明は難儀を極めます。まずは自分と相手のバックグラウンドの違いを埋めるところから始めないといけません。

 

先日、smjは、透明感のある子とはどのような子なのか分からない、と問いかけを投げました。私は、その解釈に絶対の自信があったため、次のような写真を彼に送りつけ、彼に視覚的、感覚的理解を促したわけです。

 

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透明感ありの傾向
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透明感なしの傾向

 

見れば分かると思いますが、これは透明感の絶対的定義にはなっていないわけです。当然のことです。ここから得られる評価は、この写真群の中で完結してしまいます。わかりやすく言うなれば、相対的、ということです。少しニュアンスは異なってしまいますが。

 

私は考えました。透明感とはなんであるか。

唐突に彼から送られてきたリプライに閃きを得たわけです。それは完全に平成最後のニュートンでした。

 

『・「~という事実、芹澤優が処女レベルに信じられん」構文、はやるぞ…』

 

これは私の過去の発言です。(当然流行らなかった)

芸能人のアラを探すが如く過去の鍵垢ツイートを掘り返されたわけですが、皮肉にもこれが発見につながった。世の大発明というものは案外こういったちっぽけなきっかけによるものなのかもしれない。

 

話は横道に逸れましたが、ここに定義は顕になったわけです。

読者のみなさまは芹澤優が処女であると考えられますでしょうか。おそらく、ほぼ大多数の方は違うとお答えになると思います。

 

「透明感とは、オタクが見たときにこの子は処女である、と感じられるさま。」

 

この背景側面として、男との「交わり」を「混じり気」と考えた点です。「混じり気」があると、「透明」ではないわけです。

その子の姿、立ち振る舞いから各々が勝手に感じた「透明度」を「透明感」と呼称しているわけです。


芹澤優は可愛いけども、透明感はない。上の写真、後半二枚の女の子も可愛いけども、透明感はない。

みなさんはどうでしょうか。

もしかしたら違うかもしれない。ですが、各々の判断基準に照らして考えてみていただければ全てこの定義に帰結できる、そう考えます。

 

重要であると感じた点を挙げておきます。

 

ここにおいて、透明感とは、絶対一意に決まるものではないということです。上に私が申し上げた、みなさんはどうでしょうか、の発言がその真意です。様々な界隈においてオタクの間で推しメンの処女説の論争が垣間見られるように、その透明感は、その人の経験則や勘に左右されます。

 

もう一点、透明感の有無・程度はその人の大枠的評価に影響を与えはするけれども、本能的主観観念に影響を及ぼすことはないということです。本能的主観観念とは難しく書きましたが、簡単に説明すると、すこであるかすこでないか、シコであるかシコでないか、といった点でしょうか。

 

だから、透明感がないからといってそれが悪いこととは限りません。可愛い女の子はそれだけで正義である、と筆者はここで満足げに拙文を締めくくりたいと考えます。

 

そりでは、ヴァーイ!!!!